衛星海洋学分野について

衛星海洋学分野の始まり

 ここでは、衛星海洋学分野を紹介します。

 30年ほど前の1988年に遡ります。1988年7月13日に東北大学・理学部キャンパスにて「地球観測衛星データ受信解析室」の開室式がありました。ここには、米国の人工衛星NOAAのデータ受信装置や、衛星データを解析する装置が設置されました。これを契機に、東北大学において、衛星データを利用した海洋研究が本格的に始まり、現在に続いています。

 なお、1988年当時は、まだ、大気海洋変動観測研究センターは無く、施設は、理学部天文及び地球物理学科第二・海洋物理学講座(当時)の所属でした。また、この施設は、文部省(当時)の「民間との共同研究」のカテゴリーで1987年度から東北大学と東北電力との間で進行中の「衛星を利用した気象・水文・海洋物理学の展開」の研究用設備であり、海洋学以外の分野でも利用されていました。

衛星データ受信解析室

在りし日の地球観測衛星データ受信解析室の写真。受信解析室は、2011年3月11日の地震により土地に地割れが発生したため2011年度末に取り壊された。

NOAA衛星について

 NOAA衛星は米国の極軌道衛星です。NOAAはNational Oceanic and Atmospheric Administration(アメリカ海洋大気庁[局])という組織の頭字語(acronym)です。アメリカ海洋大気庁(NOAA)は日本の気象庁に対応する機関で、NOAA衛星を管理・運用しています。

TIROS-N,NOAA-6,NOAA-7の外観図。

NOAA-8以降に使われたAdvanced-TIROS-N(ATN)型衛星の外観図。

 NOAA衛星には、搭載されたセンサによる観測データをラジオやテレビの放送のように配信する機能がありました。そして、配信されたデータは、それを受信するための専用の施設を用意すれば、自由に使う事ができました。東北大学に設置されたNOAA衛星データ受信装置とは、NOAA衛星が配信するHRPT(High Resolution Picture Transmission)を受信する装置です。またデータ解析装置も設置されました。これらは、当時としては、とても高価で、希少な装置でした。

 極軌道衛星とは、北極のほうから南極のほうへ、あるいは、北極のほうから南極のほう地球を周回する衛星です。極軌道衛星であるNOAA衛星は、日本の上空約850kmの高度を北から南、あるいは、南から北へ、通過していきます。その移動速度は、90分ほどで地球を1周するほどです(1秒間で約7km進みます。時速で言えば25,000km/hぐらい)。ただし、衛星が1周する間に地球が自転し地表が移動するので、1周した衛星が、同じ地点の上空に戻ってくるわけではありません。1台のNOAA衛星が日本付近を観測する機会は、1日に2回程度です。

 話が繰り返しになりますが、NOAA衛星は日本上空を北から南、あるいは、南から北へ、通過していきます。通過しながらセンサが観測を行い、それは直ちに地上に向けて「放送」(配信)されます。この「放送」を受信するチャンスは衛星1台につき1日に約2回です。そして、1回の「放送」時間は、10分ほどです(あっという間に飛び去って行きます)。受信施設が受信し、記録する10分ほどのこの「放送」のデータ量は、約100MB(メガバイト)です。30年前の100MBは扱うのがとっても大変な大容量でした。最初のうちは受信したデータを磁気テープに保存していたのですが、受信解析室は、その磁気テープを収めた段ボール箱であふれていました(大げさでなく)。

AVHRRセンサ

 NOAA衛星に搭載されている代表的なセンサの1つがAVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer / 改良型高分解能放射計)です。AVHRRによる観測データは、雲、陸・水境界、雪氷域の識別や把握、地上の植生の観測、陸面・海面・雲頂の温度の測定等に利用できます。AVHRRのA(Advanced、改良型)は、AVHRRの前にVHRRというセンサがあってその改良型であるということです。極軌道衛星ということとAVHRRの能力から、AVHRR/NOAAは、地球全体を約1km(衛星直下点で)の空間解像度で観測することが可能です。

 AVHRRはTIROS-Nという衛星に最初に搭載されました。約40年前の1978年のことです。TIROS-Nは、その後にNOAA-6号、7号と続いていくのですが、そのプロトタイプ衛星です(名前が違うのは、管理・運用機関が異なるからです。プロトタイプ衛星でテストして、OKなら次の衛星を打ち上げ、実際に運用を開始するという流れです)。多少の改良はされましたが、AVHRRは、その基本的なスペックを大きく変えることなく40年近く、NOAA-6号から19号までの衛星に搭載され、継続的に使用されました。

 海洋観測では、AVHRRセンサのデータは、海の表面温度(海面水温, Sea Surface Temperature[SST])の観測に活躍しました。これについては「誕生日の海面水温を見てみよう」のほうで紹介します。

終わりに

 人工衛星を利用することの利点は、広域を、細かく、繰り返し観測できることです。欠点は、観測できるものが限られることと、衛星観測で得られたデータを利用するのにそれなりの技術開発が必要であるということです。Wikipediaの日本語版の「衛星海洋学」の説明に「アルゴリズムを開発する工学的な学問」とあるように、衛星海洋学というとアルゴリズム開発の面が強調されます。が、海の現象の知識なしにはアルゴリズム開発は進みません。衛星海洋学分野としては、海洋観測衛星の主たる対象となる海洋上層の変動現象の解析を行い新たな知見を蓄積しつつ、その知見を衛星観測データの精度向上や情報抽出のためのアルゴリズム開発に活用するという、解析と開発の高度な連携を実現することを目標として教育・研究活動を行いたいと考えています。