三次元放射伝達モデル開発

雲を観察していると非常に細かいスケールでも複雑な構造があり、時々刻々と変化しているのがわかります(図1)。実はそのような細かいスケールの雲の構造は放射収支や衛星から観測される放射にも影響を与えています。しかし、計算機の中では無 限に細かいスケールまで扱うことはできませんので、ある程度理想化して表現する必要があります。

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図1.  空に浮かぶ晴天性積雲の写真

私たちのグループでは、不均質雲のある大気中での三次元放射効果の理解と、観測データの解釈やリモートセンシング手法の開発を目的として、雲の不均質性を陽に扱うことのできる三次元放射伝達モデルを開発しています。一つはMCARaTS (Monte Carlo Atmospheric Radiative Transfer Simulator) というモデルで、これは大気・海洋・地表面系における太陽放射と赤外−マイクロ波放射の伝達を扱う多目的モデルで、雲やエアロゾル、分子による散乱、水面や陸面の反射などの詳細な物理過程を考慮しています。計算にはモンテカルロ法を用いており、多数のモデル光子を光源から射出し、大気中での散乱される位置と方向を乱数によって決めています(図2)。地表面での反射方向も乱数によって決めます。放射フラックスや放射加熱率などの放射量はモデル光子のエネルギーを積算することで求めています。計算コードは、 スーパーコンピュータのように大規模な計算機でも効率的に計算できるように並列化されています。モデルの概要を表1にまとめました。

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図2. モンテカルロ放射伝達モデルにおけるモデル光子の軌跡の例

表 1. 三次元放射伝達モデルMCARaTSの概要

座標系 3次元のデカルト座標系
放射源 入射太陽放射、熱放射
散乱と吸収 気体、エアロゾル、凝結水粒子(雲水滴,雨粒,氷晶,雪片,霰)
地表面 水面や陸面の半経験的な双方向反射モデル
放射伝達計算アルゴリズム フォワード型モンテカルロ光線追跡法
計算できる放射量 分光放射フラックス(直達/拡散)、分光放射加熱率、分光放射輝度、光路長分布

このモデルを用いて、衛星から観測される太陽光反射率を計算した例が図3です。厚さ約300 mの層積雲を想定し、可視・近赤外波長の太陽反射光を天頂方向から観測した場合の反射率の高解像度水平分布を示しています。単散乱アルベド (ω0) は光の消散に対する散乱の割合を表しています。ω0 = 1の場合は吸収がなく、可視波長に対応します。ω0 = 0.96-0.99の場合は弱い吸収があり、近赤外の波長に対応します。三次元放射伝達を陽に解いた場合 (3D) と大気を鉛直カラム毎に分けて一次元放射伝達で計算した場合 (1D) とでは大きな違いがあります。太陽天頂角 (θ0) が0度の場合、3Dの方が1Dよりも平滑化されており、その平滑化効果は吸収の弱い波長で顕著であることがわかります。太陽天頂角が60度の場合にも平滑 化効果は見られますが、1 km程度の空間スケールでは変動が増幅されています。

MCARaTS は特定の波長または狭い波長帯における放射量を求めるモデルですが、現在、多数の時間ステップについて三次元放射伝達を 効率的に計算できる単純化した広帯域積分放射伝達モデル (コード名: SORASCAT) を開発しています。

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図3. 衛星観測画像の高解像度シミュレーション。厚さ約300mの層積雲を想定し、可視・近赤外波長の太陽反射光を天頂方向から観測した場合。水平解像度は50m、領域の一辺が6.4 km。単散乱アルベドをω0、太陽天頂角をθ0とした。