研究成果紹介 No.6
南大洋における二酸化炭素吸収の低下
海洋は重要な二酸化炭素(CO2)の吸収源であり、吸収量とその地理的分布を推定するために多くの努力が払われてきました。特に南極周辺の南大洋は、大気—海洋間のCO2分圧測定の結果を基に、全海洋吸収量の1/2あるいは1/3にも及ぶ大量のCO2を吸収しているとかつては考えられていました。しかし、TransComグループが大気輸送モデルを用いた逆解法解析を行い(Gurney et al., 2002)、南大洋のCO2吸収量は以前の推定のおよそ半分であると主張したために、世界の研究者の関心を集めることとなりました。
今回8カ国の研究者が参加し、昭和基地を含む南極周辺の11地点、それ以外の40地点でのCO2データを用いた逆解法解析と、全球海洋循環生物化学モデルによる海洋炭素循環の数値実験を行い、南大洋(ここでは45˚以南の海洋)のCO2吸収を評価し、その時間変化の原因を考察しました(Le Quere et al., 2007)。得られた結果を図1に示します。
図1 南大洋におけるCO2吸収の時間変化。”atmospheric CO2 alone”は大気中のCO2増加から期待される吸収フラックス、“inversions based on observations”は逆解法解析の結果(複数の線は使用したCO2データの長さやステーションの数が異なる)、”1967 constant winds”と ”variable winds”は、風を1967年に固定あるいは年々変動させて全球海洋循環生物化学モデルで計算した吸収フラックスを表す。
大気中のCO2濃度が上昇すると、大気-海洋間のCO2分圧差に応じてCO2は大気から海洋へ移動するので、南大洋におけるCO2吸収(atmospheric CO2 alone)も、大気中でCO2が増加するにつれて増えることが期待されます。一方、TM3と名付けられた全球大気輸送モデルによる逆解法解析によって推定された南大洋のCO2吸収(inversions based on observations)は、全期間にわたってほぼ一様か、時間とともにわずかに減少しています。したがって、両者の比較から、南大洋のCO2吸収能力が1981-2004年に10年間当たり0.08GtC/年の割合で弱まっていることになり、結果として現在の南大洋は0.0-0.1GtC/年と極めて弱いCO2吸収源となっていることを示しています。
このような年とともに低下するCO2吸収能力の原因を明らかにするために、全球海洋循環生物化学モデル(OGCM-PISCES-T)を用いて、風を1967年に固定した場合(1967 constant winds)と年々変動させた場合(variable winds)について、南大洋の大気-海洋間CO2フラックスを計算しました。その結果、風を固定するとCO2吸収は「atmospheric CO2 alone」と似た振る舞いをするが、風を変動させると「inversions based on observations」のように1980年頃以降は吸収がほぼ一定となることを示しました。すなわち、南極周辺の風はオゾン層破壊や温暖化といった人間活動に伴う気象変化によって強くなっており、それに呼応してCO2を豊富に含む深層海水が湧昇し、表層海洋のCO2分圧を上昇させ、大気から海洋に流れるCO2フラックスを弱めていることをモデルは意味しています。
陸域のCO2フラックスが気候変動によって変化しうることは既に知られていましたが、人間活動に伴う気象場の変化によって海洋のフラックスも影響を受けることが本研究によって初めて示唆されたことは極めて重要です。
参考文献
Gurney, K. R., R. M. Law, A. S. Denning, P. J. Rayner, D. Baker, P. Bousquet, L. Bruhwiler, Y.-H. Chen, P. Ciais, S.-M. Fan, I. Y. Fung, M. Gloor, M. Heimann, K. Higuchi, J. John, T. Maki, S. Maksyutov, K. Masarie, P. Peylin, M. Prather, B. C. Pak, J. Randerson, J. Sarmiento, S. Taguchi, T. Takahashi, and C.-W. Yuen, Towards robust regional estimates of CO 2 sources and sinks using atmospheric transport models, Nature, 415, 626-630, 2002
Le Quere, C., Rodenbeck, C., Buitenhuis, E. T., Conway, T. J., Langenfelds, R., Gomez, A., Labuschagne, C., Ramonet, M., Nakazawa, T., Metzl, N., Gillet, N. and Heimann, M., Saturation of the Southern ocean CO2 sink due to recent climate change, Science, 316, 1735-1738, DOI: 10.1126/science.1136188, June 22, 2007.