研究目的
近年、二酸化炭素(CO2)を始めとする温室効果気体が人間活動に伴って急速に増加しており、近い将来の気候が大きく変化すると懸念されている。地球温暖化と総称されるこの問題に的確に対応するためには、地球表層における温室効果気体の循環を明らかにし、大気中濃度の将来予測と濃度増加の抑制対策を可能にする事が重要である。しかしながら、温室効果気体の循環に関する現在の知識は全く不十分であり、早急に解決すべき科学的研究課題として国際的な関心事となっている。
本研究においては、主要な温室効果気体であるCO2、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)を対象とし、地上基地や航空機、船舶、大気球等の各種プラットフォームを利用して、これらの気体の濃度や同位体比および関連要素の時間・空間変動の実態を広域にわたって詳細に把握するとともに、極域の大陸氷床上部のフィルンと呼ばれる層に保存されている空気や、その下の氷に含まれている空気を分析することによって、過去から現在に至る高時間分解能の変動を復元する。また、得られた結果を数値循環モデルなどを用いて解析することにより、これらの気体の大気圏・海洋圏・陸上生物圏にまたがる発生・消滅プロセスや人為的・自然的要因による変動を明らかにするとともに、今日の大きな懸案である人為起源の温室効果気体の収支およびその時間変動について定量的理解を得る。
温室効果気体の循環に関する本格的な研究は、1990年代になり特に活発に行われるようになったが、それぞれの研究グループが特定の気体について固有の手法を用いてその循環を理解しようと努めているのが現状である。一方、本研究では、当該分野において先端的研究を行い、業績が国際的にも評価されているわが国を代表する研究者が特徴ある研究を広範に実施し、その成果を集約・統合化することにより、温室効果気体の循環について統一的な理解を得ることを目指している点に大きな特色がある。そのため、従来の研究において中心をなしてきた濃度に加え、循環解明に不可欠な情報を与える各種同位体比や、炭素循環の解明に新たな手段となると期待されている大気中酸素(O2)なども扱うとともに、循環のプロセスや収支の定量化のために高度な数値循環モデルを多用することに配慮しており、本研究の独創的な点となっている。また、現在の大気の観測に加え、フィルン空気や氷床コア空気を高精度で分析することによって過去における変動を忠実に復元し、大気の直接観測の結果とともに解析し、循環の時間変化とその原因ならびに気候変動との係わりについて明らかにする点も大きな特色である。
温室効果気体の循環の解明は、地球温暖化の対応にとって不可欠であるために、近年、国内外において研究が活発に行われている。温室効果気体の循環を解明するためにはさまざまなアプローチが考えられるが、大気中における濃度や同位体比の変動を詳細に把握し、それを解析するという方法が最も現実的かつ有効な手段と期待されている。このアプローチを目指した研究は、外国においては、米国海洋大気庁CMDL、米国スクリップス海洋研究所、豪州CSIRO、独国マックスプランク研究所、スイスベルン大学、フランス気候環境科学研究所などによって、またわが国においては、本研究組織を構成する研究者によって試みられている。しかし、観測データやそれを解析するモデルが未だ十分でないために、地球規模での循環や人為起源の温室効果気体の収支について満足すべき精度の結果が得られていないのが現状であり、さらに広範かつ定量的な研究が望まれている。
本研究においては、従来の研究と比べて、より多くの要素と新しい手法を用いて多面的かつ総合的にCO2、CH4、N2Oの循環を理解することを目指すので、地球規模の循環が定量的に解明されると期待でき、地球温暖化への対応に不可欠である科学的知見が得られるとともに、大気圏・海洋圏・陸上生物圏にかかわる物質循環に関する新たな科学の創出が可能となる。