研究成果紹介 No.2

 

フィルン空気分析より得られた20世紀後半における大気中一酸化二窒素濃度及びδ15Nとδ18Oの時間変動

南極やグリーンランドの表面は場所によっては3000メートルにも及ぶ分厚い氷で覆われています。それは数十~数百万年の長期間に渡って雪が降り積もることにより、雪自身の重みで圧縮され氷になったものです。その氷の表面部分は、氷になる前段階の通気性のある層となっており、フィルン層と呼ばれています。フィルン層は降雪によって厚さを増してゆき形成されますが、その過程で大気中の成分をそのフィルン層内の隙間に保存してゆきます。その結果、フィルン層内の隙間には深いところほど昔の(古い)空気が蓄えられています。本研究ではその、フィルン層が過去の大気成分の情報を保存しているという性質を利用して、フィルン層内の空気を深さごとに採取してきて分析することにより、過去の大気成分の変動を再現しました。

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図1 NGRIP、ドームふじ及びH72のフィルン空気より復元された20世紀後半の大気中N2Oの濃度変動

図1はグリーンランドのNGRIP、南極のドームふじ及びH72という3地点のフィルン空気を採取・分析することにより得られた、20世紀後半の大気中の一酸化二窒素(N2O)の濃度の変動です。N2Oは二酸化炭素(CO2)やメタンなどとともに、地球温暖化に寄与すると考えられている温室効果気体の1つです。図1を見ると、20世紀には大気中のN2O濃度が増加し続けてきたことが分かります。20世紀後半の我々の結果だけを見ても、1950年の290ppbvから、現在では320ppbvに達しています。最近50年で10%も増加したことになります。これは、アイスコアの分析などから19世紀の産業化以前のN2O濃度が275ppbv以下で数百年もの間ほぼ一定であったことを考えると驚くべき増加速度です。この濃度増加はCO2濃度などと同様に産業化以後生じているので、原因は人間活動であろうと推定されています。CO2の場合、産業化以後の化石燃料燃焼の増大により濃度が増加してきたということがはっきり分かっていますが、N2Oの場合そのような原因ははっきりしていません。

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図2 フィルン空気より復元された20世紀後半の大気中N2Oの同位体比

そこで本研究ではN2Oの同位体を用いて、そのN2O濃度増加の原因を探りました。同位体とは同じ原子でありながら質量が異なるものです。例えばN2Oの場合、窒素原子(N)と酸素原子(O)が組み合わさった分子です。そのNとOの質量数はほとんどが、14(14N)と16(16O)ですが、ごくわずかながら15(15N)と18(18O)の少し重い原子が含まれています。この重い原子の比率は、N2Oが放出される場所によって異なっているのです。簡単に言えば、あるところから放出されるN2Oは重い(15Nや18Oの存在比率が大きい)が、別のあるところから放出されるN2Oは軽い(15Nや18Oの存在比率が小さい)ということです。このような同位体の性質を利用すると、N2Oがどこから放出されたかが大体分かるようになります。図2は図1と似ていますが、同位体比を測定した結果です。同位体比はN2O中の15Nや18Oの存在比率を千分率(‰)で表したものです。この図を見ると、過去50年間で大気中のN2Oの同位体比が減少、すなわち大気中のN2Oが軽くなってきたことが分かります。図1と図2の結果をまとめると、図1から人間活動によって大量のN2Oが放出されて、過去50年間で大気中N2O濃度は増加してきたが、図2からその大気中のN2Oは逆に軽くなってきたということになります。これは、逆推すると人間活動によって放出されたN2Oは軽いと考えられることが分かりますでしょうか?そこで本研究では、この推測は本当に正しいのか、そして正しいとすればその軽いN2Oはどこから来たものなのか、ということについてもさらに調べてみました。

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図3 ボックスモデルを用いて推定された、人為起源N2Oの同位体比

図3は、図1と図2で得られた結果に簡単なモデル計算を適用して推定された、人間活動により放出されたN2O(人為起源N2O)の同位体比を表したものです。これを見ると、別の研究により土壌から放出されたN2Oを直接測定して得られた同位体比結果(茶色枠範囲)の範囲にあることが分かります。決して海から放出された同位体の範囲(青色枠範囲)には入っていません。すなわちこれは、過去50間に放出されてきたN2Oは主に土壌から放出されたものであるという、ということを示しています。産業化以後農地での使用量が増えた窒素肥料が主な原因ではないかと考えられています。この図中に示してある大気中N2Oの同位体比の変化(紫白抜き丸)の方向を見てもわかるとおり、大気中N2Oの同位体比の値は土壌の同位体比の値に近づいてきている、すなわち軽くなってきているといことが分かると思います。

以上のように、フィルン空気や同位体を用いることにより、近年のN2Oの増加原因などを調べることができます。しかし、まだ同位体比の測定精度が不十分であったり、いろいろな放出源から放出されるN2Oの同位体比の測定数が非常に少ないという問題があります。これらの改善により、放出源のより詳しい特定が可能になると考えられます。