研究成果紹介 No.3

 

南極氷床コアの精密年代決定
〜北半球への日射量が南極の気候変動に影響を与える?〜

南極大陸は、厚さ数kmもの氷で覆われています。これを垂直に掘り出した氷の柱(氷床コア)は、数十万年にわたる地球の気候変動を保存した”タイムカプセル”です。今回、南極で掘削されたドームふじコアとボストークコア(図1)に含まれる空気の解析結果から、36万年間にわたるコアの年代を正確に求めることに成功しました。新しい年代軸に立って見えてきたのは、寒冷期(氷期)から温暖期(間氷期)に移るためのきっかけが、北半球の夏の日射量であるということです。過去4回の氷期が終わるとき、まず北半球の夏の日射量が増大し始めて、それから数千年経ってから南極の温暖化と大気中二酸化炭素濃度の上昇が始まったことが分かったのです。ミランコビッチ理論を強力に支持し、「Nature」に掲載されたこの成果を以下で解説しましょう。

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図1 南極大陸の地図。ドームふじやボストークなど、主な掘削点を示す。

はじめに–ミランコビッチ理論

地球は自転しながら太陽の周りを公転していますが、その軌道はわずかに楕円形で、約10万年周期で伸び縮みしています。また、地球の自転軸は軌道面に対して傾いていますが、その角度が変動するうえ(約4万年周期)、コマのような首振り運動もしています(約2万年周期)。これら3種の「地球軌道要素」の変化により、地球に降り注ぐ太陽光線の強さ(日射量)の緯度分布が変化します。例えば、北半球の夏に太陽に近づくような軌道で、かつ自転軸の傾きが大きい時には、北極地方の夏の日射が強まる、といった具合です(図2)。このような日射量の変動を数十万年にわたり精密に計算し、北半球高緯度地方における大陸氷床の拡大縮小との関係を提唱したのがM. ミランコビッチ(1879-1958)です。この理論の要点は、「北半球の夏至付近の日射量が弱まると、冷涼な夏が続くので、冬に降った雪が夏を越して何年も残るため氷河が拡大し、しまいには大陸氷床に成長する」というものでした。提案された1930年代には、過去の氷床変動の正確な時期が分からず、理論の検証もできませんでした。1970年代になって、珊瑚の化石や海底堆積物コアの放射性年代測定により、海水準(すなわち大陸氷床量)や海水温の変動がミランコビッチ理論が予見したタイミングで起きていたことがわかり、広く受け入れられるようになりました。

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図2 北半球の夏至における太陽と地球の位置関係(今から1,000年前と12,000年前の例)。地球の軌道はわずかに楕円形である(図では極端に誇張してある)。地軸は約2万年周期で首振り運動をしているので、同じ夏至でも太陽からの距離が時代によって変わり、日射量も変わる。なお、軌道の形が10万年周期で変化し、地軸の傾きも約4万年周期で変化するので、実際にはそれらの効果も合わさる。

10万年周期の謎

しかし、それらのデータから新たな問題が浮かびました。北半球の夏の日射量における10万年周期の変動は非常に小さいのに、最近100万年の氷床量においては、10万年周期の変動が最も大きい、という矛盾が発見されたのです。これを説明しようとする仮説は数多くありますが、有力なものに、氷床変動のきっかけをあくまでも北半球の日射量に求める(ミランコビッチ理論に従う)ものと、逆に南極の日射量に求めるものがあります。前者においては、約10万年に一度、公転軌道が真円に近くなり、夏期日射量の「変化」が小さくなると、夏の気温が十分に上がらないので氷床が極端に拡大すると主張します。氷床は大きくなりすぎると不安定になり、次の夏期日射量の増大をきっかけに崩壊するというのです。後者の説では、南極の日射量増大にともなって南極の昇温と大気中二酸化炭素(南大洋の変化に敏感)の増加がまず始まり、その結果として起こる温室効果の増大によって、北半球の氷床が崩壊すると主張します。

約2〜1万年前に起こった氷期から間氷期への移行においては、北半球の夏至の日射量が増大し始めてから北極圏の昇温と氷床崩壊が始まり、その後で南極の温暖化が始まったことが分かっています。ところが、より昔のイベントについては、気候データの年代誤差が大きく前後関係がはっきりしないため、議論は混沌としていて、ミランコビッチ理論を否定する主張も多く出されています。

酸素濃度による南極コアの年代決定

今回私たちは、南極氷床コアの年代軸を高精度で確立するために、ドームふじコアに含まれる空気の酸素濃度に注目しました(図3)。氷の中の気泡の酸素濃度は、大気の濃度と比べ平均1%ほど低く、ドームふじにおける夏期日射量(計算により正確に求まる)とそっくりな変動パターンを示します。なぜでしょうか。

夏の南極では、強い日射により表面付近の雪の物性(雪粒の大きさや形状など)が変化します。一方、酸素分子は窒素分子より小さいので、大気が氷床に気泡として閉じこめられる際、酸素が選択的に外へ抜け出るのですが、その度合いが雪の物性によって変化します。つまり、ドームふじ地点の過去の日射量が、コア中の酸素濃度として記録されることになります。この事実を利用して、測定した酸素濃度の変動曲線と、計算で求まる夏至の日射量曲線とを合わせるように、ドームふじコアの年代軸を補正することができました。同じ手法をボストークコアにも適応したところ、両者の年代が1000年以内で一致しました。さらに、過去13万年間で年代の分かっている4つのイベント(火山灰や大気中メタン濃度増加)を、私たちが推定したコア年代と比較したところ、すべてが1500年以内で一致したのです。こうして高精度の年代が完成し、ミランコビッチ理論を検証する道が開かれました。

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図3 南極氷床コアの酸素濃度を用いた年代決定。ドームふじコア(上段赤)とボストークコア(上段青)の酸素濃度(正確には酸素と窒素の濃度比)のデータを、南緯77°の夏至における日射量(中段)と合わせることにより、コアの年代を正確に求めた。下段は年代決定誤差。

南極は遅れていた

第1期ドームふじコアの氷の分析から復元した気温変動を、新しい年代軸において見ると、北半球高緯度の夏至日射量と変動パターンがよく似ていることが分かります(図4)。周波数解析をしたところ、南極の気温変動は、2万3000年、4万1000年、11万1000年の周期性をもつことが分かりました。このうち、2万3000年(首振り運動)周期の変動は、北緯65°の夏至における日射量変動に平均約2000年遅れている一方、南緯65°の日射量とはほぼ逆位相でした。次に、南北の日射量における4万1000年(地軸傾斜角)周期の変動は同位相ですが、南極の気温変動はそれらより平均約5000年も遅れていることが分かりました。これまでは、この周期の変動は南極の日射による直接的加熱だろう(したがってタイムラグはない)と思われていましたが、そうではなく、日射の変化に遅れて応答する北半球の大陸氷床の影響が、グローバルな気候変動に及んでいたことを示しているのかも知れません。

約10万年周期の気候変動は、ゆっくりとした寒冷化と急激な温暖化というノコギリ歯形状を示しているので、上のような位相解析は適しません。そこで、過去4回のターミネーションのタイミングを個別に調べたところ、北緯65°の夏至日射量が増大し始めてから約2000〜7000年遅れて南極の温暖化が始まった、という時間関係が明らかにまりました。さらに、これと同様なタイムラグは、ドームふじコアから復元された過去の大気中二酸化炭素の濃度変動にも見られました。このように、北半球の夏の日射量変動に伴う氷床変動が地球全体の気候を変えるという、ミランコビッチ理論ときれいに整合する結果が得られたのです。

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図4 ドームふじにおける過去34万年間の気温(上段赤、現在からの偏差)と北緯65°の夏至の日射量(上段黒)、大気中の二酸化炭素濃度(下段)との比較。この期間には4つの間氷期(オレンジ色で塗ってある期間)を含む3回の氷期・間氷期サイクルがあった。ミランコビッチ理論によれば、北半球の日射量ピークが小さい時期(水色で塗ってある期間)に、大陸氷床が極端に拡大し不安定になる。その次に日射が増大し始めると、それをきっかけとして氷床が崩壊し、地球全体が温暖化し間氷期に移行する(1〜4で示す)。二酸化炭素濃度は南極の気温変動と調和的に変化しており、気候変動を増幅する役割をしていたことが分かる。

おわりに

最近3035m(約72万年)まで掘削された、第2期ドームふじコアの気体解析も始まっていて、さらに高精度での分析を進めています。今後、さらに過去にさかのぼった年代決定を進めれば、ターミネーションと日射量との関係を統計的に検証できるようになります。

氷期・間氷期サイクルのメカニズムや、北半球の気候変動のシグナルを南極にまで伝えるメカニズムを理解するためには、気候モデルにより温室効果気体と軌道要素の寄与を分離し定量化する必要があります。そのために、酸素濃度データの質をさらに高めて年代決定の精度を高めることや、温室効果気体変動を詳細に復元することも、今後ますます重要になってきます。

 

参考文献

Kawamura, K., Parrenin, F., Lisiecki, L., Uemura, R., Vimeux, F., Severinghaus, J. P., Hutterli, M., Nakazawa, T., Aoki, S., Jouzel, J., Raymo, M., Matsumoto, K., Nakata, H., Fujii, Y. and Watanabe, O., Northern Hemisphere forcing of climatic cycles over the past 360,000, Nature, 448, 912-916, Aug. 23, doi:10.1038/nature06015, 2007.