研究成果紹介 No.5

 

自動車から放出される一酸化二窒素のアイソトポマー比を用いた解析

一酸化二窒素(N2O)は温室効果気体のひとつで、二酸化炭素(CO2)と比べると大気中の濃度は1/1000ほどですが、同じ質量で100年の時間スケールで比較するとCO2の約300倍の温暖化能力をもっています。地球大気の平均N2O濃度は現在約320ppb(ppb = 10-9、10億分の1)で約1ppb/年の速度で増加しており、その原因として、農業・畜産業、山火事、工業などの人間活動の影響が指摘されています。

人間活動に伴うN2Oの発生源のうち、農業に次いで大きいのが化石燃料の燃焼と考えられています。しかし、種々のN2O発生源について見積もられている地球全体での放出総量(全球放出量)の値にはいまだに大きな幅があり、燃焼起源も例外ではありません。

これまでの研究で、N2Oのアイソトポマー比が発生源によって異なる値を取ること、これを利用すると従来行われてきた方法とは違った角度から種々の発生源からの全球放出量の割合が推定できることがわかってきました。そこで本研究では、燃焼起源のひとつである自動車排ガスの特徴づけを行うとともに、アイソトポマー比が化学反応に固有の変化を示すことを利用して、ガソリンの燃焼や三元触媒における排ガス浄化過程でN2Oの生成または消滅がどのように起きているのかを調べました。

アイソトポマー比とは、分子内にさまざまな同位体を含む分子(アイソトポマー)の存在比のことで、対象とする物質の起源や、受けてきた反応の履歴などの情報を保持する有用な指標です。N2Oの場合、窒素の同位体(本研究では安定同位体のみを扱いました)が14Nと15Nの2種類、酸素の同位体が16O、17O、18Oの3種類あるので、分子構造(N-N-O)を考慮すると2×2×3 = 12種類のアイソトポマーが存在します。本研究では、このうち存在度が比較的大きい14N15N16O(約0.4%)、15N14N16O(約0.4%)、14N14N18O(約0.2%)に注目し、14N14N16O(約99%)に対する存在比を、質量分析計を用いて測定しました。

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図1 自動車排ガスに含まれるN2Oのアイソトポマー比の相関図

図1はいくつかの運転状態において自動車から排出されるN2Oのアイソトポマー比の特徴を示しています。縦軸(SP)は14N15N16Oの存在比と15N14N16O の存在比の差を表し、値が大きいほど15Nが分子の中央に偏って存在していることを意味します。横軸(δ15N)は14N15N16Oの存在比と15N14N16O の存在比の平均値を表しています。モード運転(都市における一般的な運転サイクルを模したもの)や、触媒が劣化した車のアイドリング状態では図の左下の方に値が分布していますが、定速運転や触媒が新しい車のアイドリング状態では、図の右上の方に分布することがわかります。図の白い星印はこれらの平均値を示していますが、大気中N2O(X印)や石炭燃焼で放出されるN2O(黒い星印)と異なる特徴、すなわちSPおよびδ15Nbulkが低いことが初めて明らかになりました。

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図2 定速運転における速度、触媒劣化度に対するN2Oアイソトポマー比の依存性

図2は、定速運転(図1では平均値を示してあります)について、触媒の劣化度(黒、赤、青の順に劣化が進んでいます)や運転速度によってアイソトポマー比がどのように変化するかを調べたものです。速度に対する依存性は明らかではありませんが、新しい触媒ではアイソトポマー比が高い(図の右上に分布)傾向がわかります。また、触媒を通過する前、エンジンのすぐ後で採取したガスの分析値は図のEで示した点線円の内側に分布しています。このことから、触媒を通過することによって図中のEMで示すようなN2Oが生成して付け加わると同時に、N2Oの分解も起きると(図の実線の方向にアイソトポマー比が変化することが室内実験で推定されました)、実測されたさデータの分布を説明できることがわかりました。新しい触媒では、N2Oの分解が効率よく起こっていると考えられます。

以上のように、アイソトポマー比を用いて、自動車(ガソリン燃焼)起源と石炭燃焼起源、および大気中のN2Oを識別可能であることがわかり、また、自動車の三元触媒では従来指摘されていたN2Oの生成だけでなく分解も起きていることがわかりました。今後、農業など微生物が関わる発生源についての研究も進めることにより、N2Oの地球規模での収支が解明されることが期待されます。