研究成果紹介 No.8

 

大気中に放出された二酸化炭素の全球規模の輸送

二酸化炭素(CO2)は大気の主要な温室効果気体であり、その大気中での分布変動に関する情報は気候変動を理解する上で重要です。地表付近では、化石燃料の燃焼や植物の光合成活動によるCO2の放出・吸収の地理分布が大気中CO2の濃度分布を決定します。大気中へ放出されたCO2は、大気の流れに乗って上空・遠方へと運ばれます。これまでに実施された航空機観測などから、大気循環パターンを反映して、地上付近だけではなく上空においてもCO2濃度の特徴的な分布変動が存在することが示されています。近年、地上観測や航空機観測に加えて、2009年1月に打ち上げられた温室効果ガス観測衛星「いぶき」などの衛星観測によりCO2の観測データが膨大に構築され始めており、CO2濃度の全球分布の詳細が調べられています。しかし、「いぶき」などによる衛星観測では地上付近の濃度変動を直接推定することは難しく、観測される鉛直積算濃度は地上付近だけではなく上空における濃度変動も大きく反映します。航空機および衛星観測から地表付近のCO2濃度変動および地表面における放出・吸収量を把握するには、大気の運動が上空の濃度分布をどの程度変動させているのかを理解することが重要となります。また、CO2は下層大気中では化学的に非常に安定で生成・消滅されないため、その濃度変動に関する情報は大気の運動を理解することにも役立ちます。

本研究では、航空機によるCO2濃度の観測データと、大気の輸送過程と化石燃料の燃焼・陸上生物・海洋によるCO2放出・吸収を考慮した大気輸送モデルによる数値シミュレーションを用いて、上空におけるCO2濃度の変動要因を調査しました。独自に開発した大気輸送モデルを用いることで、全球について高精度なCO2分布シミュレーションが可能となり、その解析結果は現実的な大気プロセルの存在を示唆するものです。詳細な輸送解析を行った結果、北半球の中高緯度、低緯度、南半球の中高緯度では、CO2の濃度変動を引き起こす主要な大気輸送過程がそれぞれ異なることが分かりました。以下には、得られた解析結果を基に、CO2濃度の分布変動を引き起こす主要な輸送プロセスを5つに分類して記述します。図1には、これらの説明を模式的に描いたCO2の全球規模の輸送概念図を示します。

  1. 北半球の中高緯度では、秋から春にかけて、CO2濃度が高い領域が地上から上空(おおよそ高度10km程度)まで広がります。地上付近では、化石燃料の燃焼および陸上生物圏からの放出によりCO2濃度は増加します。CO2濃度が高い大気は、主に低気圧活動に伴う総観規模の大気擾乱によってほぼ等温位面に沿って巻き上げられ上空へと蓄積され、地上付近から上空におよぶCO2濃度の高い領域を形成します。
  2. 地上付近に存在する赤道に向かう大規模な大気循環によって、CO2濃度の高い空気塊は北半球の中高緯度から低緯度へと輸送されます。この輸送は北半球の冬から春の間に活発に起こります。熱帯域では、陸上生物から放出されたCO2も加わり、CO2濃度の高い空気塊は赤道域の活発な対流活動と大気擾乱によって上空へと(高度16-18 km程度まで)素早く運ばれます。
  3. 夏季には、大気中のCO2は植物の光合成により吸収されます。植物による吸収は北半球の中緯度帯で活発で、地上付近のCO2濃度を減少させます。夏のユーラシアおよび北米大陸上では活発な対流活動によって地上付近の大気は上空へと運ばれ、北半球中緯度において地上付近から上空におよぶCO2濃度の低い領域を形成します。夏季には上空(対流圏上部)における南北方向の運動は活発ではないため、低緯度のCO2濃度の高い大気とは混合せず、CO2濃度の低い大気は北半球の中緯度に夏の間蓄積され続けます。
  4. 北半球および熱帯域で放出されたCO2は、熱帯域で上空へと巻き上げられ、対流圏上部での南北輸送によって南半球へと流入します。北半球から南半球への輸送は地上付近よりも高度10-16 km辺りの上空で活発です。北半球の冬から春の間には、モンスーン循環、大気波動による擾乱、積雲対流上部での発散流など、局所的な大気の運動によって、CO2濃度の高い空気は南半球へ流入します。北半球の夏には、熱帯域の全球規模の循環であるハドレー循環によって、南半球への効果的な輸送が起こることが分かりました。
  5. 南半球では、北半球とは異なり、春から秋の間(北半球の秋から春の間)には地上付近よりも上空でCO2濃度が高くなります。南半球ではCO2の放出量はそれほど多くありません。上部対流圏では、北半球および熱帯域からCO2濃度の高い大気が輸送されてくるため、南半球では地上付近よりも上空でCO2濃度が高くなります。

これらの結果は、Miyazaki et al. (2008)として学術論文にまとめ発表しました。

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図1 大気中におけるCO2輸送過程を描いた概念図。上の図は1月、下の図は7月に関する図を示す。横軸は緯度、縦軸は気圧(hPa)を示す。図中で黄色の線は東西に一応なラグランジュ運動に伴う輸送、ピンクの波線は東西に不均一な大気の局所的な運動や擾乱に伴う混合輸送、白く色付きにした領域は対流による輸送が活発な領域、オレンジで色付きにした領域は鉛直混合が活発な領域を示す。図中の符号は、各輸送過程によるCO2濃度の変動傾向(+では増加、-では減少)を示す。白の波線は温位面、黒の波線は対流圏界面の位置を示す。背景の色は東西平均したCO2濃度分布を示し、黒い実線は1ppm間隔のコンターラインを示す。黒い太線は、CO2濃度の南北勾配が大きい領域を表す。

航空機観測からは、亜熱帯および赤道域の上空にCO2濃度の大きな南北勾配が存在することが指摘されています。地表フラックスおよび大気輸送の総和としてその変動要因がどう理解できるのかについても、数値モデルを用いて解析を行いました。図2には、航空機観測および大気輸送モデル計算による各高度におけるCO2濃度の緯度分布を示します。亜熱帯および赤道域では、地上付近から上空にわたってCO2濃度の大きな南北変動が存在します。大気輸送モデルの解析結果から、上空のCO2南北濃度勾配形成に関して、以下の事項を明らかにしました。

  1. 北半球・亜熱帯の上空では、中緯度とは異なり大気の南北運動が弱く、中高緯度の大気から隔離されるため、冬から春の間にCO2濃度の大きな南北勾配が形成されます。
  2. 南半球・亜熱帯の上空では、赤道域から南極方向へ向かう大気運動が急激に弱まり、大気擾乱による南北混合効果も弱いために、北半球・亜熱帯と同様にCO2濃度の南北勾配が形成されます。
  3. 熱帯域の上空では、亜熱帯の上空とは異なり南北輸送の変化には起因せず、地上付近からの大気の巻き上げ強度が緯度により大きく異なるために、上空でCO2濃度の南北勾配が形成されることが分かりました。

これらの結果は、Miyazaki et al. (2009)として学術論文にまとめ発表しました。

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図2 航空機観測(図左)および大気輸送モデルを用いた数値計算(図右)により得られたCO2濃度の緯度分布。異なる色は異なる高度の濃度分布を示す。図中の文字はデータを取得した都市・地域名または空港名を示しており、北側から、N.EUはヨーロッパ北部、S.EUはヨーロッパ南部、ICNはインチョン(韓国)、NRTは成田(日本)、HNLはホノルル(アメリカ)、BKKはバンコク(タイ)、CGKはジャカルタ(インドネシア)、SYDはシドニー(オーストラリア)を示す。

以上のように、航空機観測データと数値モデル計算を用いた解析から、地上付近から上空におよぶ全球規模のCO2の輸送過程と分布変動要因を明らかにしました。近年、航空機観測に加えて「いぶき」などの衛星観測によりCO2濃度の全球分布変動に関する情報が膨大に蓄積され始めており、本研究から得られた上空でのCO2濃度変動に関する知見はそれら観測データを解釈する上で重要な役割を果たすと期待されています。

 

原著論文

Miyazaki, K., P. K. Patra, M. Takigawa, T. Iwasaki, and T. Nakazawa (2008), Global-scale transport of carbon dioxide in the troposphere, Journal of Geophysical Research, 113, D15301, doi:10.1029/2007JD009557

Miyazaki, K., T. Machida, P. K. Patra, T. Iwasaki, Y. Sawa, H. Matsueda, and T. Nakazawa (2009), Formation mechanisms of latitudinal CO2 gradient in the upper troposphere over the subtropics and tropics, Journal of Geophysical Research, 114, D03306, doi:10.1029/2008JD010545.