研究成果紹介 No.9

 

大気観測が捕らえた東アジア地域における化石燃料消費量増加の影響

近年、経済成長の著しい発展途上国からの二酸化炭素(CO2)放出量が増加して、大気中CO2濃度の上昇速度を加速しています。中でも中国は今や世界経済を牽引するまでに成長しCO2排出量も急増しています。二酸化炭素情報分析センター(Carbon Dioxide Information Analysis Center; CDIAC)がまとめた統計によると、中国からのCO2排出量は2000年から2006年の間に0.9PgC/yrから1.7PgC/yrへ増加したと推定されています。このような地域的なCO2発生量の増加は、グローバルな濃度上昇に寄与するだけでなく、発生源付近の大気中のCO2濃度をその周辺よりも高濃度にします。また、発生量の増加はより大きな濃度勾配を風下に作り出すことになり、その結果風向きの変化に伴ってより大きな濃度変化が生じることが予想されます。それでは、東アジア地域におけるCO2濃度の変動量は増加しているでしょうか?

国立環境研究所は西表島の南方約20kmに位置する波照間島(北緯24°3´、東経123°48´)において大気中のCO2やメタン(CH4)等の温室効果ガスの現場観測を継続しています。波照間島には11月から4月にかけての6カ月間(以下、これを冬季6カ月と呼ぶ)、アジアモンスーンの影響で主に大陸から汚染されたエアマスが運ばれてくるため、同じ緯度帯でも発生源から遠い観測点(例えばハワイのマウナ・ロア等)と比べてCO2やCH4濃度に非常に大きなシノプティックスケールa)の変動が観測されます(図1の上段・中段)。したがって、波照間島での観測は、東アジア地域の放出量増加が発生源風下における濃度変動に及ぼす影響を調べるのに最適な場所といえます。そこで、1996年から2007年における冬季6カ月の日平均値を使って、この期間にCO2の変動がどのように変化したかを調べました。また、比較のためにCH4についても同様の解析を行いました。なお、変動量の指標として、スムーズフィッティング曲線からの日平均値の偏差(図1の下段)の標準偏差を用いました。また、大気輸送モデル(AGCM)を使って計算された大気中濃度を用いて同様の解析を行い、観測結果との比較を行いました。なお、モデル計算には現在の知見から最も妥当と思われる海洋・陸域・人為・自然発生源からのCO2およびCH4フラックス、特に化石燃料起源CO2についてはCDIACに基づいて年々変化するフラックスを用いました。

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図1 波照間(HAT)、マウナ・ロア(MLO)、クムカヒ岬(KUM)で観測された(上段)CO2および(中段)CH4の日平均値の時系列。黒破線は波照間のCO2およびCH4のデータに対するスムーズフィッティング曲線を表わす。(下段)波照間におけるCO2およびCH4のシノプティックスケールの変動成分。

図2に1996年から2007年までのCO2およびCH4の変動量の変化をそれぞれ赤四角および青四角で示しました。両者ともに変動量は年ごとに大きな違いを示していることが分かります。特に、1998年と2003年はCO2とCH4の両者に大きな変動が見られます。図中の白抜き四角はモデル計算結果に基づく変動量の変化を示していますが、観測結果の変化をよく再現しています。大気中の濃度の変動量は発生量だけではなく、その年の大気輸送パターンにも依存するため、年による大気輸送パターンの違いが変動量の違いの原因となる可能性があります。特に、1998・2003年はエルニーニョの年に当たり、大気の輸送パターンが例年と違ったことで変動量が極端に大きくなったと考えられます。

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図2 波照間におけるCO2とCH4の変動量の時間変化。はCO2の観測値、はCH4の観測値、はCO2のモデル計算値、はCH4のモデル計算値を用いた結果をそれぞれ表わす。

それでは、CO2およびCH4の変動量の比をとるとどうなるでしょう?それをプロットしたものが図3の赤四角です。今度は明らかに増加している様子が見て取れます。図中には緑色の印で中国、日本、韓国からの化石燃料起源CO2の放出量を示していますが、CO2とCH4の変動比は中国からのCO2放出量の変化、すなわち2002年ごろまでのゆっくりとした増加と2003年以降の急激な増加、と非常によく一致しています。またモデル計算の結果も観測結果をよく再現しています。東アジア地域の冬季6カ月間のCO2およびCH4フラックスは比較的類似した分布を示しています。これは、冬季は生物起源の発生量が小さく人為的な発生源の占める割合が大きいことに起因します。また、CH4のフラックスの増加量が最近ほとんど停滞していることから、CH4フラックスはほとんど一定であったと考えることができます。したがって、大気輸送の年々変化が大気中のCO2およびCH4濃度に与える影響は、変動量の比をとることで相殺され、地域的なCO2フラックスの増加傾向を際立たせることになったと考えられます。

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図3 (左Y-軸)波照間で観測されたCO2とCH4の変動比の時間変化。赤四角()はすべてのデータ、青四角()は日本・韓国起源を除いたデータ、オレンジ四角()は日本・韓国起源のデータを用いた結果をそれぞれ表わす。(右Y-軸)中国(●○)、日本(■□)、韓国(▲△)からの化石燃料起源炭素の年間放出量の変化。●■▲はCDIACによる推定、○□△はEIAによる推定であることをそれぞれ表わす。

中国からの化石燃料起源CO2の発生量にはまだまだ大きな不確かさが存在しています。例えば、以前のCDIACの推定では中国のCO2発生量は1996年から2000年の間に約20%減少したとされていました。しかし、エネルギー統計の再評価や衛星観測による中国上空のNO2濃度の増加傾向からこの20%の減少は疑問視されるようになり、最近の推定ではゆっくりとした増加に修正されました(Gregg et al., 2008)。本研究による観測結果はこの修正された放出量と整合的で、新しい放出量の推定を支持する結果となりました。

以上のように、中国からのCO2放出量の増大が地域的なCO2濃度の変動量に影響していることが明らかとなりました。また、発生源の風下における比較的寿命の長い複数成分の変動比の解析は、地域的な発生量の変化の指標として利用できる可能性があることが示唆されました。

a) シノプティックスケールの変動:日々の天気図に見られる高気圧・低気圧の変動のような時間・空間規模の変動。「総観規模の変動」とも言う。参考文献

1) Gregg, J. S., Andres, R. J., and Marland G.: China: Emissions pattern of the world leader in CO2 emissions from fossil fuel consumption and cement production, Geophys. Res. Lett., 35, L08806, doi:10.1029/2007GL032887, 2008.

2) Y. Tohjima, H. Mukai, S. Hashimoto, and P. K. Patra (2010), Increasing synoptic scale variability in atmospheric CO2 at Hateruma Island associated with increasing East-Asian emissions, Atmos. Chem. Phys., 10, 453-462 (www.atmos-chem-phys.net/10/453/2010/).